サイレント化の「最後の砦」
電子ピアノを始め、現在ではドラムセット、バイオリン、アコーディオンまで、さまざまな楽器が電子化、そして「サイレント化」し、一般家庭でも音を気にせず練習しやすくなりました。
そのような中で、歌声はサイレント化の「最後の砦」となっています。
歌こそ最も多くの人に許された音楽活動であり、近年では心身の健康に大きく寄与することも科学的に証明されてきているのに、家で歌うことや好きな時に歌うことは、人にとってあまりに難しいままであり続けてきました。
しっかりした防音室を部屋に置けばいつでも歌えます。しかし防音室の内部は夏は暑く冬は寒く、それを緩和する換気扇は録音には不向きな音を立てます。電話ボックス大の内部にパソコンを持ち込み作業するのも現実的ではないので発信や制作には使いづらく、その大きさの防音室でさえ床が荷重に耐えられる部屋にしか置けません。
何より、音楽家が使用可能なレベルの防音室は40万円以上する上、引っ越しとなったら防音室の引っ越しだけで10万円以上かかります。
一人の音楽家の執念
国立音楽大学の合唱講師である木島タロー氏は、長いことこの問題への解決策を脳内に置いてきました。
「人には必ず自由に歌える環境が必要だ。お金に余裕のある人や運良く声が出せる家に育った人しかそれをできない世界はおかしい。」
毎日歌える環境を生み出す道具は以下の二つの矛盾するようなコンセプトを共存させなくてはならないと木島氏は考えてきました。
・「誰にでも」手が届くものではなくてはならない。
・「音楽家」の使用に耐えるものでなくてはならない。
(音楽家が使えないものをアマチュアや学習者に勧められない)
数千円で買える「防音マイク」のような市場の既存品は音質や呼吸の問題でどれも音楽家が使用できるものではなく、音楽家が使える防音室は誰にでも手が届くものではありません。
この2つの相反するコンセプトを共存させる漠然としたアイディアを大手楽器会社の社員たちの前で木島氏が初めて口にした時、特段その方々の注意を引くこともなかったといい、半ば実現を諦めていたといいます。
しかしコロナ禍が訪れ、歌えなくなったことで元気をなくしてゆく人々の様子を見たことが、数年も眠り続けたアイディアを蘇らせるきっかけとなりました。
「片手で持てる防音室」制作チーム
このアイディアを木島氏から聞いた(株)アリア(Forwith運営元)の堀口は即、このアイディアを実現することを決めました。大企業が興味がないとしても、これまでに15万個を売り上げた「五楽線」など、音楽家がより音楽をしやすくするためのツールを開発、販売してきたアリアの価値観に合致すると考えたのです。
堀口とアリアは工学博士、特許の専門家、試作専門家を招いて木島氏との開発チームを組成し、会議と試作が重ねられました。
時にチーム内でぶつかり合いながらも、木島氏の二つの執念である「誰にでも手が届く」「音楽家が使用できる」を譲ることなく、プロジェクトを進めてきました。
応援購入サービス(クラウドファンディング)「Makuake」で試作品とコンセプト、そしてそのストーリーを公開したところ、2ヶ月で1400万円もの資金を得ることが出来、私たちは「毎日自由に歌える」ことへのニーズがこれほどまでに大きいことを改めて知ったのです。